ボートレースに関するこんな質問

そちらに異存はないか?Hが返事の電話をかけたのと同時に、ニューヨークではLがHのオフィスに入ってきた。 3人の男は、即席の遠隔会議を開くことになった。
Hは新しい日付に同意したが、同時に新しい条件を提示した。 騎手はB以外に考えられない。
彼が騎乗できない場合には、レースも延期する。 3人は、最終的な合意に達することなく別れた。
その晩遅く、LとSは電話でじっくり話し合った。 Lには、電話でしゃべる時、割れるような大声を出す癖があった。
あまりの大声に、Sと同じ部屋にいた男が「さっさと窓から飛び降りないと、話を全部聞いてしまいそうだ」といい出したほどだった。 最後にLは吠えかかるような声で同意した。
「わかってるだろうな!」と彼はSに怒号した。 「わしの馬はあいつをこてんばんにたたきのめしてやる!」レースを春に行うように要求し、相手の譲歩を取りつけておきながら、彼は本当は秋のほうが、ウォーアドミラルは歳上の馬をうまく相手どれるのだ、と不満を漏らし、それでも春のレースで行くというのなら致し方ないが、とつづけた。
次の日、Pは衣服を脱いでX線を浴びた。 Hの病院の医師団が、X線写真を綿密にェックした。
骨折は治癒していた。 条件は多々あるものの、5月に騎乗するのは決して不可能でチェックしてはなかった。

対決の前に、シービスケットにはもうひとつ走らなければならないレースがあった。 ベイメドウズ競馬場が、その名を冠した4月16日のハンデ戦を、手足の不自由な子どもたちのためのチャリティに充てていたのである。
Hはとても断る気になれなかった。 ティファナ競馬場での大勝を受けて、ベイメドウズではシービスケットに611.7キロを割り当てようとしたが、Hがそれを食い止め、ハンデ作成委員たちを説得して斤量を1.4キロ減らした。
それでも60.3キロは、近代のカリフォルニアにおける競馬では前代未聞の重さであり、出走するほかの馬たちは、それより少なくとも9.1キロは軽い斤量を割り当てられていた。 これを喜んでいたのは、Wだけだった。
サンタ戦でのシービスケットの敗北で気を落とし、出場停止期間中は、それに乗じて糖尿病の命ずるままに食べていた彼は、ステーキをたらふく詰めこんだ結果、体重が58.1キロにまで膨れあがっていたのだ。 馬具をつけるだけで、彼は割り当ての数値にぴったりの斤量になった。
地球全体が、シービスケットの走りを見るためにベイメドウズ競馬場に詰めかけたかのようだった。 競馬場はサンフランシスコ界隈の競馬史上最多の観客でふくれあがっていた。

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